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公務員を辞めて子連れ専用レンタルルーム開業!きっかけは「強烈な孤独感」

佐藤 智

2020.01.12

那覇市古波蔵にある子連れ専用レンタルルーム「ベビーカフェこばんち」。そこのオーナーを務めるのが、自身も3人の子どもを育てる小林香織さんです。

国家公務員として県内で採用され、11年在籍するも退職。安定した仕事を手放した背景には、「孤独な子育て経験から、お母さんが子連れで訪れることができるスペースを作りたい」という思いがありました。

現在はスペース事業のほかに、発達障がい児の療育についての情報発信や新たな学び複合施設の構想へと歩を進めています。

なぜ小林さんは親子向けのレンタルルーム開設に至ったのか?そして、これから実現したいビジョンとは?豊かな表情で、たっぷり語っていただきました。

国家公務員を辞めて「こばんち」開業

【Profile】「ベビーカフェ こばんち」 オーナー:小林香織(こばやしかおり)。11年間在籍した国家公務員を退職し、徹底リサーチのもと完全予約制の子連れ専用レンタルルームを2015年にオープン。3人の子育てをしながら、新たな目標のために学びを続けている。

佐藤

どうして子連れ専用レンタルルームを開こうと思ったんですか?

小林さん

自分自身の子育ての強烈な孤独体験がきっかけでした。少しだけプロフィールをお話しすると、県内で国家公務員となったんですが、東京研修で知り合った夫と結婚して関東近郊に住むことになったんです。縁もゆかりもない土地で、出産育児を経験しました。
長男を産んだ時には、頼れる人が周りに誰もおらず、引きこもって子育てをしていたんです。ただただ孤独で、虐待の報道を見る度に、「明日は我が身」と不安にかられるような精神状態でしたね。

佐藤

今の明るさからは考えられない……!

小林さん

そうでしょ(笑)子育て支援施設は当時からあったんだけれど、片時も目が離せない赤ちゃんを抱えて、行政が発行する育児情報に目を通す余裕なんてない。当時はスマートフォンも普及していなかったから、パソコンの前に座らないと情報を得られないんだけれど、それもできない。八方塞がりでしたね。

佐藤

どうやって状況を変えていったんですか?

小林さん

週に一回地域のお母さんたちが集まるプレイルームの存在を知って、行ってみたんです。そうしたら、同じくらいの子どもを連れたお母さんたちの友達がどんどんできた。その中で、「こんな親子イベントがあるよ」など情報をもらえるようになって、外に出る子育てができるようになったんです。

佐藤

その経験から、親子専用レンタルスペースの構想ができたんですか?

小林さん

横浜駅近くに、4畳半くらいの小さなキッズスペースがついた”子どもを遊ばせながらお母さんがくつろげる”というコンセプトのカフェがあったんです。そこにふらっと入った時に、「人に淹れてもらったお茶ってこんなにおいしんだ……」と涙が出そうになって。そこから、私もお母さんたちのくつろげる場所を作りたいと思うようになったんです。

 

当時の感動を今も強く胸に刻んでいる小林さん。振り返って、うつむく。

 

佐藤

人に淹れてもらったお茶って……。そうか。赤ちゃんを抱えたお母さんにとって、当たり前のことが決して当たり前にはできないんですよね。

小林さん

そうです。今でこそ親子カフェは少しずつ増えてきていますし、情報も収集しやすくなってきていますが、それでも子連れでいける場所は限られている。

佐藤

親子で過ごせる場を作ろうと考えて、どう行動したんですか?

小林さん

私が感動した横浜の親子カフェの店長と仲良くなり、「私も沖縄でこういう場を作りたい」と伝えました。すると、経営の厳しさや運営面での苦労を赤裸々に教えてくれたんです。

佐藤

ビジョンだけで進めるほど簡単じゃないぞ、と?

小林さん

うん。だから、徹底的に親子連れでいけるスペースの研究をしました。キッズカフェや親子カフェ、ママ向け商業施設など。ベビーカーを押して、電車に乗って、30箇所くらいは巡ってリサーチしましたね。

 

小林さんがオーナーを勤めるレンタルルーム「こばんち」。日が柔らかく差し込む暖かな空間。

 

佐藤

…すごい! リサーチする際に気をつけたことは?

小林さん

あえて一人で行くこと。友達と行くと、どんな場でも楽しくなっちゃうから。孤独な状態で行くと、スタッフにどんな声をかけてもらいたいのかや、どうしたらくつろげるのかなどが見えてきます。

佐藤

なるほど。その場に飛び込んで感じたことを、蓄積していったんですね。

小林さん

そうです。いいところも悪いところも全部メモして。お母さんが気になるトイレや授乳室なども、チェックしましたね。そして、お母さんたちがカフェでどう振る舞うのかを観察しました。基本的にお母さんたちは、子どもたちを遊ばせたいし、自分たちは話をしていたいんですよ。

佐藤

たしかに。経営に活かせそうな点も見えてきましたか?

小林さん

はい、リサーチの結果、親子カフェの2つの傾向が見えてきたんです。

佐藤

なんでしょう!?

小林さん

1つは、料理はおいしいけれどキッズスペースがイマイチなパターン。有名シェフが作ったカフェなどの触れ込みの場合は、このケースが多かった。例えば、お母さんたちが食事をするところと、子どもたちが遊ぶスペースが離れていて、泣き声や大きな音が聞こえたらしょっちゅう様子を見いかなければいけないという事態が起きていました。

佐藤

落ち着けないですね。慌ただしい。

小林さん

そうなんです。お母さんたちがおしゃべりに集中できていませんでした。2つめは、遊具が充実しているなどキッズスペースはいい。しかし、味がいまいちな料理がそこそこの値段でサーブされるような飲食のコスパの悪いパターン。
この両極端だったんですよね。

佐藤

それを知って、どうしていこうと思ったんですか?

小林さん

私は料理が得意ではないので、まず飲食店形式はやめようと思いました。親子が本当の意味でくつろげるスペース作りに特化しようと決めたのです。こうして、”フリードリンクで、食事は持ち込み制”という現在の形ができ上がりました。
これならば、従業員を雇用せず経費をおさえ、「経営を維持する」という方向性にも合致します。

 

随所にかわいい遊具が散りばめられた子どもたちのワクワク空間。

 

佐藤

リサーチ結果を活かしましたね。スペースづくりには、どんな工夫をしましたか?

小林さん

もっとも大事にしたことは、死角を廃すること。お母さんが話をしながら、子どもを見守ることができるスペースとしました。そして、「行ってみたい」と思ってもらえるモニュメントの存在が強みになるとわかったので、印象に残るオリジナルの遊具を作ったんです。

 

佐藤

木のモチーフの滑り台は、部屋に入って真っ先に目に飛び込んできますもんね。

小林さん

ありがとうございます!子どもって、滑り台と階段があれば延々と遊んでいられるんですよね。だから、屋内でそれを作りたかった。複数の子どもが集まるから滑り台を何面か用意して、怪我をしないように下の部分をマットにするなど、随所に工夫を凝らした自信作です。

子どもと過ごす貴重な時間を味わう

佐藤

今の方が、公務員の時よりも時間が取れます?

小林さん

はい、断然。予約の確認と4時間ごとにお客様たちの受け入れ、お見送り、掃除などはありますが、最近は母が積極的に手伝ってくれるようになったので私はかなり自分の時間をつくれています。公務員時代は常に何かに追われていたし、「やりたいけれど時間がない」とずっと思っていました。

佐藤

自由にできる時間で何をしていますか?

小林さん

一番は子どもたちと一緒に過ごせる時間を楽しんでいます。今、12歳の男の子、7歳の女の子、5歳の男の子の子育て真っ最中です。

 

子育てを心から「楽しい!」と語る小林さん。

 

佐藤

パワフルに子育てしていますね!子どもたちど、どう過ごしているんですか?

小林さん

私は子どもたちに、自分で稼ぐ力を身につけてほしいと思っているんです。でも、それは押し付けでうまくいくものではない。だから、「楽しみながら」ということを大切にしています。一例でいうと、 eスポーツで世界大会に出て稼いでいる10代の子がいると聞けばゲームに関心のある子ども達とともにその動画を見たり、一緒にeスポーツ種目をやってたりする。「好きなこと」の延長に「稼ぐ方法」があることを伝えるようにしています。今は私も子どもたちとコントローラーを奪い合っていますよ。

 

ゲームに疎いライターに向けて、詳細を丁寧に説明してくださいました。

 

佐藤

ゲーマーになっているんですね(笑)

小林さん

そう。あと、子どもたちへの接し方もひとつひとつが丁寧になる。例えば、「勉強しなさい!」「本を読みなさい!」といくら言っても子どもたちには響かない。でも私は新しい本を買ったら「見て!お母さん、新しい本買っちゃった!いいでしょう〜!」と子どもに自慢します。すると、「いいな!見せてよ」と子どもはリアクションするようになるんです。
勉強も一緒。「これからお母さんは、ホームページ制作の勉強をすることにした!」と宣言して、子どもたちにその姿を見せて、学びの過程を報告する。そうすると、「あれ?勉強って楽しいものなのかも」「大人でも勉強するんだ!」と思ってくれるみたいです。

 

本屋さんを「アミューズメントパークのように楽しむ!」とも語ってくれました。

 

佐藤

作戦勝ちですね!

小林さん

まさに。もうひとつ、公務員を辞めてよかったことは学ぶ時間ができたこと。これから、大きく時代が変わっていきますよね。だから今、どうやって生きていくかを考えたり、本を読んで学んだりすることは必要な時間だと思うんです。自分だけの人生を考えたら、目の前の仕事をさばいていく生活でもいいのかもしれません。でも、子どもたちが大人になる時代のことを考えたら、私が学び、子ども達に必要な知識を伝えていけるようになっていかなければならないと思っています。

佐藤

はい、大人が学びをアップデートしないと。小林さんはすごく楽しそうに子育てをしているのが印象的です。

小林さん

うん、本当に楽しい。最近、「この子達は私の人生の仲間なんだ!」と唐突に思い至ったんです。それまでは、「私が育てなきゃ」という親としての責任感の方が強かったんですが、こんなステキな仲間達が近くにいると思ったら、「私の人生、なんて最高なんだ!」って。
しかも、彼らは大きくなれば私の船を必ず降りる。そんな日がくるまでの期間限定なんです。そう思ったら、全力で「今」を楽しまなきゃと思いました。

発達障がい児の療育を中心としたサイトを開設

佐藤

今、新たな挑戦をしているんですよね?

小林さん

はい。沖縄育児の情報発信をしたいと思っているんです。次男が発達障がいの診断を受けていて、現在療育中。来年小学校に上がるんですが、地域の小学校の普通学級か特別支援学級、そして特別支援学校にいくという3パターンの進路が提示されたんです。で、すごく悩んだ……。

佐藤

そうですよね。普通学級はイメージできるけれど。

小林さん

はい。兄妹が行っているから普通学級は知っているし、その一環で特別学級も見学したことがあるからイメージはできました。でも、特別支援学校は一度も見たことがない。だから実際に体験しに行ってきました。

佐藤

よくわからないまま選択が迫られるんですね。

 

自分の経験を次の世代に生かしたい、小林さんはその強い思いを語る。

 

小林さん

そうです。今は、特別支援学級に決めようと思っているんですが、ふっと中学校の状況がわからないな……と気づいたんです。中学校は小学校ほど特別支援学級が充実しているのだろうか?この問題は、高校はどうなの?職業訓練学校は?大学は?と続いていきます。

佐藤

手探りの状態が、ずっと続いていくんですね。

小林さん

そうなんです。行政から出されている情報もあるにはあるんですが、かなりわかりにくい。一人で考えなければいけないことが多く、孤独です。だから、同じように悩む人たちに向けて情報を発信していきたいと思うようになりました。

佐藤

それは非常に需要があると思います。

小林さん

はい。「こばんち」を運営しているので、私のところにはお母さんたちからの情報も集まってきます。サイトでは発達障がいのことだけではなく、沖縄県内の教育についても伝えていきたいと考えています。

子どもに「稼ぐ力」を身につけさせたい

 

佐藤

ご自身のお子さんたちへの接し方もそうですが、小林さんは教育への関心が強いように感じます。

小林さん

はい。もともと子どもの貧困の問題に関心があるんです。家庭環境がどんなに大変でも、その貧困から抜け出て生きている方はいるじゃないですか。抜け出せる人と抜け出せない人、その差を埋めるためには?と考えると、稼ぐ力を身につけられているかどうかだな、と。つまり、教育の力ですよね。

 

自身が実現した未来に向けて、”楽しく”学び、”真剣に”考える、小林さん。

 

佐藤

そうですね。ゆくゆくは子どもの貧困課題の解決にもアプローチしていきたい?

小林さん

そうなんです。生まれ育った環境に諦めることなく、本当の可能性を見つけられる場所を作りたいと思っています。居場所を作り、学ぶ環境や経験できる場所を整えて、自信をつけさせる。人とのつながりを学べる場にもしたいですね。社会に出る踏み台であり、帰ることもできる土台となる場所を作りたいです。

佐藤

具体的にどんな構想を持っていますか?

小林さん

子どもたちが遊べるプレイスペースとカルチャーセンターのように学べる教室、さらに、スポーツも経験できたり、本や漫画も揃っていて、食事もとれる……そんな複合施設で大人と子どもそれぞれが楽しめる場所を作りたいんです。

佐藤

すべてを一箇所に集約されているんですね。

小林さん

そうです。最初の話にもつながりますが、お母さんたちは、情報収集し、それを処理する時間がとても限られている。それに、子どもを連れて移動するのは想像以上に大変なんです。だから、一箇所で子どもも遊んで学べて、お母さん自身も学んだりくつろいだりできる場を設けたいと思いました。

 

「この笑顔ならば、すべてを実現できそう!」、取材中何度もそう思わされました。

 

佐藤

小林さんご自身の経験からニーズに合った施設にできそうです。楽しみですね!

小林さん

実現したいことが大きすぎて、時間もお金もパワーも足りません!色々な方に相談をしながら、自分のペースで一歩ずつ前に突き進んでいきます。

 

取材時は11月末。クリスマスの飾り付けが空間を彩っていました!

 

自分のビジョンをどんどん実現していく小林さん。そのパワーの原動力は、「自分のような孤独な育児に苦しむ人を出したくない」という想い。小林さんが渡すバトンが、より多くの方につながればいい。取材を通して、私はそんなことを願いました。

道を拓くのは、前向きさと思考力、そして、ビジョンを実現するための行動力なのだと小林さんから教えられました。

自分の人生を何に使うか。そこに向き合うことで、必然的に自分らしい働き方にもたどり着く。小林さんの働き方を応援するとともに、「自分らしい働き方とはなにか?」と繰り返し考えさせられる取材となりました。

取材中、終始感じたのは”笑顔の破壊力”。

どんなに大変なことも、苦しいことも、この笑顔があれば乗り越えられないはずがない。小林さんが創る”これから”が、私も楽しみで仕方がないのです。

 

<取材・文:佐藤智/撮影:蓮池ヒロ>