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武器は己の声一本 「中学までサ行が言えなかった」フリーアナウンサー・山田真理子さんの「言葉で伝える魅力」とは

長濱 良起

2019.12.16

「おはようございます!」

ラジオから流れる元気な声で朝の気分を明るくしてくれるフリーアナウンサーの山田真理子さん。落ち着いたアナウンス、爽やかな司会、耳心地良いナレーション。さまざまなトーンやキャラクターを使い分ける「声のプロ」は、なんと「中学生までサ行やタ行が言えなかった」という意外な歴史が。

なぜアナウンサーになったのか。言葉を扱う魅力とは。さっそく教えてもらいましょう!

「フリーアナウンサー」ってどんな仕事??

RBCiラジオ朝の情報番組「シャキッとi」(平日午前7~9時)月~水曜日担当の山田さん。ポップな切り口でニュースや天気情報などを日々県民に届けています。

 

【profile】山田真理子(やまだ・まりこ)。フリーアナウンサー。NHK沖縄放送局のキャスターなどを経て現在、エフエム沖縄「オリオンびあぶれいく」(月~金18:40-)、RBCiラジオ「シャキッとi」(月~水担当07:00-)にレギュラー出演。KEE’Sアナウンススクール沖縄校の講師、CMナレーション、司会業など多岐に渡って活動する。キャラOKINAWA所属。1986年4月、那覇市首里石嶺町出身。オフィシャルサイトは(https://yamadamariko.hube.jp

 

長濱

フリーアナウンサーのお仕事ってどんなことをするんですか?

山田さん

放送局に所属せず、アナウンスメントの仕事をするのがフリーアナウンサーです。私の場合だと、ラジオ出演、結婚式の司会、CMナレーションの3つが主です。

長濱

この道、何年になりますか?

山田さん

12年です。大学4年生の時、ラジオ沖縄のレポーターから始まりました。大学卒業後はNHK沖縄放送局の契約キャスターとして4年間勤めて、ラジオ番組のレギュラーを持たせてもらいました。フリーとして活動を始めたのは2013年からです。

長濱

12年も続けられてるんですね!アナウンサーになりたいって思ったきっかけって何ですか?

山田さん

もともとは新聞記者とか、書いて伝える仕事で報道に携わりたかったんですよ。大学でもマスコミ関係のゼミでした。でも、喋るのが苦手だったのでそっちのトレーニングをしたい気持ちもあり、大学3年生の夏休みに東京で3日間ぐらいだけアナウンス講座に参加したんです。

長濱

喋るのが苦手だったんですね!山田さんの声の良さって天性のものかと思っていました。

山田さん

いえ、それが私、むしろ逆でした。中2か中3まではサ行やタ行が言えなかったんですよ。

長濱

えっ!?

山田さん

だからみんなの前で話すのが嫌で嫌で。授業中の本読みとかもとても嫌でした。学校行事には関わりたいんだけど、委員長とかやると全校生徒の前とかで話さないといけないんで、あえて副委員長や書記をやっていたんです。

長濱

トレーニングしようとアナウンス講座に行ったんですね。講座を受けて何か変わったんですか?

山田さん

講座を通しての講師の方から『こういう(声の)仕事で頑張ってみてもいいんじゃない?』って言ってもらえたんです。それから興味を持ち出して、家で発声練習を続けていました。

長濱

そしたら、NHKのキャスターをするに至った訳ですかね。実際の現場で気付かされたことも多いのではないでしょうか。

山田さん

よく華やかな世界をイメージされがちですが、テレビに出演している10分〜15分以外は取材、原稿作り、簡単な編集など、地道な作業が多いんですよ。最初の2、3年は成長を実感しづらくて悩んでいたんですが、ある日を境に、一皮向けたって思えたんです。

長濱

その日とは?

山田さん

特番の司会をしていた時でした。アーティストの方にインタビューをしていたのですが、予定より時間が余ってしまって「あ!まずいな!(笑)」と思い・・・。用意していた質問を取りやめて、相手の話に全神経を注いで、会話を膨らませることだけに集中したんです。それまではテレビの段取り通りのインタビューをしていたのですが「相手の話に耳を傾ける」という基本の大切さに気づいてから、仕事が楽しくなったかなと思っています。

フリーに転身 「両親とも自営業だったので特に抵抗無く」

長濱

フリーに転身するってなかなか度胸が要ったのかなぁと思います。

山田さん

でも私は両親とも自営業で、父親は婦人服関係の仕事を、母親はカフェを営んでいました。だから、私もフリーになることにはそもそも抵抗はなかったと思います。

長濱

なるほど。

山田さん

そういえば、父親の職場ではいつもラジオが流れていて、毎日宿題しながら聞いていました。人の言葉を聞くのが好きだったんですね。それで日記を書く時の参考にしたりして。ただ単に『見ました』と書かずに『眺めました』とか、『食べました』と書かずに『味わいました』とか、似た表現でももっと面白さや違いを出す工夫をしていました。

長濱

小さいころから言葉を選ぶ癖を付けていたんですね!フリーになった時って、最初どうやって活動を始めたんですか?

山田さん

制作会社や式場に行って営業からスタートしました。最初はすぐどうにかなると思っていたんですけど、どうにもならない時期ってあるんですよね。なのでフリーになって最初の3年は別の仕事もしていましたよ。今で言うコールセンターみたいなところです。本当はひっそりやりたかったんですけど、ある上司が、私がNHKに出ていた時の番組を見てくれていたようで、私だって分かったらしく『あれ?だよね?そうだよね!?』ってなって。それがきっかけで採用や広報関係の仕事をさせてもらうことになりました。

長濱

回りまわって縁がありますね。

山田さん

その会社にいる時にビジネスの基本的なスキルを身につけました。メールのマナーとか、データのまとめ方とか。見積書はエクセルのままじゃなくてPDFにするとか(笑)。 なので本当に、人生に無駄なことはないと思います。すごくためになっています。

ナレーション録りの現場、見せてください!

長濱

CMでもよく声聞きますよ。どのぐらいの数CM録ってるんですか?

山田さん

多い時で月に5、6本です。多い時でですよ。

長濱

なにか、これは心がけてます!っていうのはありますか?

山田さん

人との距離感って大切ですよね。ラジオだったら親近感を大切にして、結婚式の披露宴は一歩引いて丁寧に盛り上げる、とかは意識しています。その都度、適切な距離感とトーンがありますからね。大学生の時にやらせてもらったラジオレポーターでは、各地の子ども会を回って伝える、という役割だったんですけど、最初のうちは上手く子どもたちの心がつかめなくて。ここで話の聞き方や、相手との距離の近づけ方を学んでいきました。

長濱

なるほど!実際に喋る時のテクニック見せてほしいです。

山田さん

いいですよ、行きましょう!

-所属事務所内のレコーディングブースに移動します。

長濱

それぞれ違うトーンで違いを見せてほしいです。

①明るく元気バージョン

小鳥のように首でリズムを取りながら、声に強弱をつけていきます。言葉にビートが宿り、まるでラッパーのよう!

②しとやかバージョン

音量もさっきとは半分ぐらいに抑えられ、心なしかまばたきまでゆっくりになる山田さん。言葉のフロウが心地よい、まるでバラードシンガーのよう!

山田さん

声のトーンを上げると、人に聞かせるような放送用の声になります。ドレミファソのソぐらいまで上げるイメージです。はっきり話すことも大切です。口を縦にも横にも大きく開くといいですよ。

今度は若い人の力に。教壇での想い

長濱

7時スタートの生放送だと、とっても早起きじゃないですか?

山田さん

毎日4時に起きています。放送までに声も整えないといけないですからね。

長濱

4時!

山田さん

そうです。なので放送終わってもまだ朝の9時とかなので、こっちはお腹ぺこぺこなのにどこのお店も空いていないのが小さな困りごとです。

長濱

空いた時間とかって何をされているんですか?

山田さん

趣味としてやっているのはマラソンです。3年以上やっていますよ。那覇マラソン時期なので、練習で30キロ走ることもあります。

長濱

(30キロってもはや本番っしょ!)スゴいですね!30キロですか。僕ならお金払ってでもやりたくないですけどね。

山田さん

Hokaっていうフランスのシューズメーカーがあるんですけど、このシューズの靴底がフワッフワで!最近のお気に入りです。マラソンやってると意外な出会いや学びもあるんですよ。

長濱

お、何でしょう??

山田さん

マラソンをしてる人って、お医者さんとか経営者さんとか、一般的に忙しそうな人が多いんですよ。でもこういった方々って時間を作るのがとにかく上手いんです。だから『時間のあるなし=時間を上手く作れるか作れないか』ってことを知れたりとか。その他にも、年齢も仕事も違ういろんな方と知り合えて、(取材相手や知識など)仕事の幅が広がったりとか。長距離を走る体力があるのでランナーズレポーターも任されました。まだまだ制限時間と闘っている初心者ですが。

長濱

何でもアンテナ張って、今の仕事に活かされるんですね。

長濱

山田さん、今後力を入れていきたいことってありますか?

山田さん

2018年からアナウンススクールの講師をしています。沖縄に住んでいると、地理的な事情や金銭面で、『努力しても夢を諦めざるを得ない若者が多い』という現状を感じています。アナウンサーになりたい人は日本全国の放送局をたくさん受ける人もいて、陸続きではない沖縄はその都度交通費や宿泊費などがかかってしまいます。人によっては目標を諦めざるを得ないことがあります。私だってそうでした。だから、若い人に貢献したいです。自分自身が未熟なんで『人に教えている場合じゃない』とは思っていますけどね(笑)。 それでも、力になりたいです。

「余白」を大切にした人生を

長濱

ご自身が目指すべきアナウンサー像みたいなものってありますか?

山田さん

自分のペースを大事にしながら、長く続けられるアナウンサーになりたいです。自営業の魅力の一つに『仕事のペースをある程度自分変えることができる』ということがあります。これまでは詰めてガツンと働いていましたが、今は他のことにも視野が向くようになりました。そろそろ結婚とかも考えて動きたいなーとか。あともう一つは『熱量を持って伝えること』。以前共演していた仲座先輩(ハンサム、FEC所属)から『小手先で面白くしようとするのではなくて、話すこと自体に熱がこもっているから面白い』とよく聞かされていました。振り返ると熱量込めた時の放送って、聴いてくれていた人から何年も後になって『あれ良かったよ』って言ってもらえるんです。人の記憶に残るんだなぁと。そういった思いを今後も大事にしていきたいです。」

「楽しむこと、余白の部分を持つことが大切だと考えています。ラジオの時も司会の時もそうですが、自分がいっぱいいっぱいになっていると、どうしても受け手にとって面白いものにはならないと思っています。余白がなくてギチギチに書かれた小さな文字を見るのってツライじゃないですか?それと同じように、自分の普段の生活にちょっとでもホッとできる時間を作ったり、余裕を持って準備できるようにして「楽しい」を感じる時間を残すようにしています。

時折「ワハハ!」と大きな声で笑うのが印象的な山田さん。そんな彼女の座右の銘は「石の上にも10年」。話を聞いていると、長く続けたからこそ達成できていることってたくさんあるなぁと感心してしまいました。

話すことがもともと人より得意じゃなかった(むしろ苦手だし嫌いだった)のにも関わらず、自主練までして克服してアナウンサーになりました。フルマラソンへの挑戦も同様に、相当な忍耐力や継続力が要求されるに違いありません。

バイタリティを持って自らの道を開拓していく山田さん。これからの目標を問うと、開口一番「長く続けられるアナウンサーでありたい」と語りました。山田さんが立ち続ける「石」は、長く立てば立つほど磨きがかかる宝石になっていくような気がしています。

<取材・文:長濱良起/撮影:蓮池ヒロ>