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偏愛は疲れた心にエネルギーを与える。書店「ブンコノブンコ」が伝える、個人出版本の魅力

蓮池 ヒロ

2020.03.16

「私も何か作ってみようかな。」
そう思えたのは、ブンコノブンコのお陰でした。

WebやSNSから無料で情報が手に入れられる時代。凄い人や凄い作品が溢れていて、つい比べて落ち込んだり、嫉妬して悩んだりと、何だかエネルギーを吸い取られる感覚はありませんか?

私にはあります。

そんな時、不思議と本を読んで疲れることは少ないことに気づきました。それどころか、何かを「やってみよう」とポジティブな気持ちが湧くときも。

私が特にそう感じるのは、いわゆる『偏愛』とされる、マニアックな本を読んだとき。
「偏愛には人を動かすエネルギーがあるのではないか」そう気づかせてくれたのは、ある書店との出会いがきっかけでした。

その書店は、那覇市浮島通りにある「ブンコノブンコ」。初めて訪れたとき、個人出版本の品揃えの豊富さに驚きました。私がずっと探していたZINE*1を沖縄で唯一取り扱い、他にもリトルプレス*2などの県内外の個人出版本を多く取り揃え、アートやカルチャーに寄り添うような居場所を作っている書店なのです。

*1【ZINE】とは
通常はコピー機を介して複製された、オリジナルまたは適切なテキストおよび画像の小循環自己出版作品。
*2【リトルプレス】とは
個人や団体が自らの手で制作した少部数発行の出版物。

運営するディ・スペック株式会社は元々「沖縄不動産文庫」を営む不動産の企業。”ユニーク”な物件をこだわって紹介するスタイルが特徴で、同じく”ユニーク”な個人出版本を取り扱う店として、事務所の隣に書店を立ち上げた経緯があります。

不動産業務のかたわら、書店「ブンコノブンコ」の発起人であり店長を務める饒波夏海(ノハ ナツミ)さんに、個人出版本の魅力、偏愛の面白さについて伺いました。

「物件は読み物」と考える不動産が「個人出版本」を取り扱う書店を始めるまで

蓮池蓮池


店舗の隣が会社の事務所なんですね。私の中で個性的な物件を扱う不動産というイメージが「沖縄不動産文庫」にあるのですが、なぜ「文庫」と名付けられているのでしょうか。

饒波さん饒波さん

確かに個性的な物件ばかりかもしれませんね。物件のポテンシャルを伝えるために、弊社では物件を念入りに”取材”するように心掛けています。物件を取材して文章と写真を記事化し、その物件に住みたくなるような物語を引き出すんです。

普通の不動産って結構みんな似たような物件が多いと思うのですが、少し変わったことをしたかった想いが私たちにはありまして。物件を記事というか「読み物」に見立てて「文庫」と名前に付けています。

物件の紹介イメージ。記事のようにストーリー性のある不動産情報になっている。

蓮池蓮池


昨年、事務所を宜野湾市から現在の那覇市に移したそうですが、書店「ブンコノブンコ」を始めたきっかけは移転だったのでしょうか。

饒波さん饒波さん

そうですね、新しい事務所の隣のスペースが余っていたので「何かしたいね」とスタッフ同士で話していて。不動産ってお客様との距離が遠いと思うんです。物件探しは頻繁にあるものじゃないので。だからお客様が立ち寄りやすい場所を私たちも求めていたんです。

沖縄不動産文庫は「物件は読み物」と考える書店のような不動産。「それなら、ここで書店をやってみませんか?」と社長と相談して決まったんです。「沖縄不動産文庫の文庫」を。文庫繋がりで自然な流れだったため、開店が決まりました。私は発起人の一人なので店長を任されることに(笑)。

「沖縄不動産文庫の文庫」だと名前が長いし、カタカナの方が親やすいかなと思って、店名は「ブンコノブンコ」にしました。

不動産だけやっていた頃と比べるとクッション的な立ち位置にもなれて、お客様との距離も縮まった気がします。「実は新しい物件を探していて」と悩むお客様に出会う場面も増えましたから。

蓮池蓮池


新書・古書・ZINE・リトルプレスを取り揃えている書店は、沖縄では本当になくて。そんなときにブンコノブンコを訪れて品揃えの豊富さに驚いたのですが、どういう基準で本を選定しているんでしょうか。

饒波さん饒波さん

ZINE・リトルプレスなどの「個人出版本」は広く取り扱うようにしています。おっしゃるように沖縄では珍しいですよね。実際に沖縄では当店でしか取り扱っていない本もあるんですよ。

本を置く基準でいうと、実は結構バラバラです(笑)。強いていうなら「偏愛」ですかね。作者の偏愛が爆発している本を取り扱っていこうと思ってます。

蓮池蓮池


個人出版本は偏愛の塊のように凝った本が多いですよね。取り扱うモノは違いますが、「ブンコノブンコ」と「沖縄不動産文庫」の想いは共通している気がします。

饒波さん饒波さん

共通していますね。スタッフは「自分のグッとくるモノだけを届けたい」とこだわりを持つ方ばかりなんです。新しい物件を下見に行ったら、撮った写真を見せながら「これ見てよ」と興奮気味にスタッフ同士で感想を共有するぐらいです。好き嫌いを共感できることが多くて、ユニークなモノを好むというか。お客様もそういうユニークな物件を求めてくださる方も多いですね。

最近、沖縄の大型書店が閉店しましたよね。普通の書店をやっても競合には勝てないし、面白くない。弊社の何が得意かっていったら「ユニークなことをする」なんですよね。個人出版本は自分で自由に作った本だから、個性的で面白い本が多い。さらに沖縄では個人出版本を取り扱う書店は少なかったので「コレだ!」と思いました。

個人で本を制作している方も探したら沖縄にも結構いらっしゃって。結構いるのに話を聞くと「置ける場所がなくて困っている」と。作者が本を置けて、さらに交流できるような場所を作りたい気持ちも生まれました。

個人出版本は「焼きたてのパン」のように元気をもらえる存在

蓮池蓮池


個人出版本って読んでいると作者の純粋さを感じるんですよね。偏愛には癒し効果があると思います。饒波さんが考える個人出版本の魅力はどんなところでしょうか。

饒波さん饒波さん

純粋な愛が溢れているところです。愛でたくなるような可愛らしさというか(笑)。同じく癒しですね。なかには勢いで作ったような本もあるんですよ。写真も文章も決して上手ではないし、内容もマニアックな部分に焦点を当てている。だけど作者たちの楽しい様子が伝わってくるんです。それが凄く愛おしい。偏愛は関わった人にエネルギーを与えると思いますね。

ほかにはノスタルジックを感じる時もありますよ。「小さなことで笑っていたな」「忘れかけていた気持ちがあったな」と思い出すというか。作者の感性を疑似体験できることが楽しいですね。自分の興味を広げるきっかけにもなると思っています。

蓮池蓮池


確かにWebは情報が溢れていますが、疑似体験せずに消費している感覚がありますね。個人出版本は紙の本が多いので、作者に親しみを覚えやすいかもしれません。

饒波さん饒波さん

そうですね、私は作者が紙の本を出版したこと自体が「作者の表現」だと思います。個人出版本はわざわざ本で出していることが多いので、選んだ表現方法はWebではなく紙だったわけで。

いまは本も電子書籍が主流になってきていますが、紙の本に実際に触れないとわからない作者の表現もあると思っています。そこを伝えることが私たちがしたい部分でもあります。やっぱり紙の匂いやざらざらした質感を楽しんでほしいです。「焼きたてのパン」みたいな感じで好きなんですよね(笑)。

「パン作りが好きです」と饒波さん

蓮池蓮池


パンの美味しそうな匂いと紙の本の匂いは似ている、みたいなことでしょうか(笑)。

饒波さん饒波さん

そういうことです(笑)。焼きたてのパンの匂いって幸せな気分になりませんか。例えば、本が完成するとお店に直接持ってきてくれる作者もいるんです。新しい本ってまだ「インクの匂い」がします。作者も「出来立てホヤホヤで持ってきたよ」といってくれる。なので書店として、私たちも「必要な方に早く届けたい」と思うんです。

いまどきコンビニのパンも美味しいけど、パン屋の焼きたてのパンはもっと美味しい。だからつい行ってしまいますよね。当店でも「出来立ての紙の本の匂い」を楽しんでほしいと思っています。焼きたてのパンのように、元気をもらえる個人出版本の魅力を伝えたいです。

「アートな感性をどう伝える?」通訳を担う書店として

蓮池蓮池


お話を伺っていて饒波さんはアートの感性が豊かな方だと思ったのですが、世間では「個人出版本=アート=難しそう」という感覚がどうしてもある気がします。

饒波さん饒波さん

私もアートは全然わからないんです(笑)。作品を見ても「どういう意味なんだろう」と思ってしまいます。「何々の表現が美しい」のように、気の利いたコメントが浮かべば良いんですけどね(笑)。だから個人出版本は難しくないし、誰でも手に取りやすい本です。

私は自分のことを一般人だと思っているので、作者に直接「これどういう意味ですか」と聞いてしまいます。他にも名前の由来とか。綺麗だなとは思いますが、専門的な知識がないなら、素直に聞いてしまって良いと思います。

仕入れる本に関しても作者とよく会話するようにしていますね。私が聞いておけばお客様に説明できますから。アートな側面が強い本でも私はお客様の目線で伝えられると思います。

蓮池蓮池


作者にしてもストレートに聞かれると想いを言語化することになるので、新たな気付きが生まれそうです。作者の想いを翻訳する通訳みたいですね。

饒波さん饒波さん

そうですかね。確かに前職では沖縄の動物病院で動物看護師と医療通訳士をしていました。外国人の多いエリアだったので、看護師と患者の間に入って英語の通訳をする役割です。話を要約したり、わからないことを聞いたりすることには抵抗がないかもしれません。

なので、ぜひ来店いただいた方には気軽に話しかけていただきたいと思っています。アートな感性はわかりませんが、作者から伺ったことをお伝えしたい気持ちは強くありますので。

蓮池蓮池


饒波さんの通訳によって、個人出版本を手に取る人が増えそうです。ご自身で何か表現活動はしていますか。

饒波さん饒波さん

表現というか、日常の出来事を書いていくブログは続けていますね。フィルムカメラが好きなので、撮った写真を現像して載せてます。私は沖縄出身ですが、昔アメリカやフランスに住んでいたので、そのときから日々の記録を残す習慣がついています。

アートって考えると取っ付きにくいですが、実はみんな色んな方法で表現しているんです。作るって楽しいですしね。個人出版本を手にとってエネルギーをもらって「私もやってみよう」となる方がいると嬉しいですね。

表現には枠がない。創作のハードルが下がる”緩い本”たち

蓮池蓮池


私もブンコノブンコで購入した個人出版本に触れてエネルギーをもらった一人です。あらゆる表現方法があると感じて、創作意欲が湧きました。

饒波さん饒波さん

それは嬉しいです。作者ごとに「らしさ」が滲み出ていますよね。表現に枠がないというか、本って決まり切ったモノじゃないと感じます。

蓮池蓮池


具体的に浮かんでいる本はありますか。

饒波さん饒波さん

「パンと鳥と旅」という本ですね。イラストレーターさんの旅の絵日記なのですが、可愛い絵柄と手書きの文字で全体的に緩いテイストで好きなんです。でも個人的な旅行の絵日記を「そうだ、本にしよう」となかなか思わないですよね(笑)。おすすめの観光スポットの紹介ではなく、ただただ行った場所を本にしている。

でも「そういうので良いよね」って。自由に好きなことを表現したって良い。その制作物を売ったって良い。何かを作るって自由だし、ハードルはもっと下げて良いと思います。個人出版本からエネルギーをもらえる根源は、表現に枠がないと教えてくれるところかもしれませんね。

蓮池蓮池


緩さは創作において重要なポイントかもしれませんね。他にも饒波さんおすすめの個人出版本はありますか。

饒波さん饒波さん

偏愛を極めている本で「沖縄建築趣味」ですね。個人の方が自分が良いと思う建築物をひたすら紹介している内容です。詳しさのレベルが高くて、作者の建物への愛は本物だと思いましたね。シリーズ化もしていて、その偏愛を感じて楽しくてしょうがない本です。建物の次は建物のキーホルダーやお土産なども紹介していて、完全にマニアですよね(笑)。偏愛が爆発していて面白いです。

アートやカルチャーを語って作者と繋がる場所へ

蓮池蓮池


個人出版本を多く取り扱う「ブンコノブンコ」は、今後どのような書店になっていくのでしょうか。

饒波さん饒波さん

作者によって本を置ける場所として発信する場、作者と気軽に交流できる場にしていきたいです。「アートやカルチャーを語れる場づくり」というか。オープンしてから必死に形を作ってきたので、今後は受け身ではなく活動的に。イベントやワークショップも開いていきたいですね。

蓮池蓮池


沖縄ではアートやカルチャーを語れる場所って限られている気がします。ギャラリーも行ってみたいけど、ちょっと勇気がいりますよね。

饒波さん饒波さん

細かく情報をキャッチしないと辿り着けない感じはありますね。一方で書店の場合は気軽に立ち寄りやすいですよね。どんな感じか覗いていきやすい。書店の親しみやすさを活かしていきたいと思っています。

立ち寄っていただけるように、日々店舗のレイアウトを変更するようにしています。観光客の方もよく立ち寄っていただけるんですよ。偶然で訪れた方にも交流が生まれると良いと思ってます。

蓮池蓮池


他の書店やギャラリーと合同でイベントをしても面白そうですね。コラボは考えていますか。

饒波さん饒波さん

やっていきたいですね。3月にも写真展「My Cinematic」の会場で出張書店を行います。建築家の学生が借りていたスペースを取り壊すことになって、その前にイベントをやろうとなったんです。主催のフォトグラファーさんが当店を訪れたことがきっかけですね。イベントの開催やコラボを通して、少しずつ居場所づくりをしていきます。

終了しました

【イベント情報】
期間:2020年3月1日(日)〜3月8日(日)
時間:13:00〜20:30
場所:沖縄県宜野湾市我如古4-3-9(𝐋𝐔𝐌𝐈𝐄̀𝐑𝐄 𝐂𝐋𝐔𝐁𝐇𝐎𝐔𝐒𝐄)

蓮池蓮池


店舗での出会いがきっかけで活動が広がったんですね。私もブンコノブンコで購入したZINEとの出会いによって自分でZINEを作りたくなったんです。いまは制作中なので、完成したら営業に来ますね(笑)。

饒波さん饒波さん

嬉しいです(笑)。いつも自分から問い合わせをして本を仕入れているので。「置いてください」って言われると凄くありがたいです。制作した本を置く場所がない方たちのための場所でもあるので。大歓迎です。

ブンコノブンコの交流がきっかけで、誰かと誰かが繋がったら素敵だなって思います。個人出版本の愛しさも伝えていきたいですね。

好きを繋げる書店「ブンコノブンコ」

本との出会い。それは新しいことを始めるきっかけとなる出来事です。こだわり抜かれた偏愛、懐かしい気持ち、独特なアイデア。特に個人出版本には自分の感情や好奇心に気付くための材料が詰まっています。

饒波さんに沖縄に帰ってきた理由を伺うと「深い絆の家族や友達など、誰かにいつでも頼れる環境があるから」と答えてくれました。移住者には関係のない話でしょうか。私はそうは思いません。移住者だからこそ、住む場所には「心の支え」が必要です。

ブンコノブンコは心の支えとなり得る本や人との繋がりを作ってくれる書店。自分の中の「やってみたい」気持ちに勇気が出ないとき、背中をそっと押してくれる場所なのです。

【ブンコノブンコ】
住所:沖縄県那覇市松尾2-11-26 ディ・スペック事務所となり
営業時間:11:00〜18:00
定休日:水・第2・4日曜
TEL:050-5434-2733
Mail:info@dspec.jp
Webサイト:https://www.dspec.jp/group/bunko
Instagram:https://www.instagram.com/bunkonobunko_dspec/

<取材・文・撮影:蓮池ヒロ>